説明と納得。娘にバトンを渡せた日
娘が、保育園に行きたくないと言い出した。
理由を聞くと、数日前に先生に怒られたけれど、その理由が分からない。
怖い、とのことだった。
状況を聞いてみた。
トイレに行ったことに関して、怒られたそうだ。
しかし、お友達と一緒に、トイレの個室に入ったわけでもない。
いつもと違う行動をしたわけでもない。
娘の説明には、あいまいな部分があった。まだ4歳なのだから、無理もない。
私は、自転車を停めた。
「先生に聞いてみる?
でも、無理して聞かなくてもいいよ」
娘は少し考えてから、
「ママといっしょに、きいてみる」
と言った。そこに、強い決意を感じた。
保育園で理由を確認すると、
「トイレは遊ぶ場所ではない。トイレに行かない子は入らないように」と日頃から指導しているとのことだった。
娘は、トイレに行きたくなかったのに、一緒に遊んでいた男の子について行ってしまい、そのことで注意を受けたらしい。
先生から娘にも説明してもらい、
娘は「そういうことだったのか」と納得した様子だった。
本当に、ちょっとした出来事だった。
それでも私の中に、「これはきちんと対応しないといけない」という感覚が残った。
そのときは、なぜそう感じたのか分からなかった。
数日後、昔の出来事を思い出し、その理由がふと腑に落ちた。
私が中学生のころの事件
学年主任は怖いことで有名だった。
宿題を忘れると、プラスチック製のバットで「ケツバット」をされる。
それが、当たり前のように許されている空気があった。
ある日、部活中に叱られた男子が、翌朝その不満を口にしていた。
同じ班だった私は、深く考えずに同調した。
朝の会の時間、
いつも、学年主任が廊下から教室を覗くのだが、男子が面白がって妨げた。
別の女子が、カーテンを閉めて手伝った。
私は笑いながら、それを盛り上げた。
学年主任が気づき、「やったやつ、来い!」と言われた。
男子は青ざめながら、動けないでいる。
カーテンを閉めた女子が、廊下へ出て行った。
私は、裏切り者と言われたくない気持ちが半分、
正義感が半分で、廊下に出た。
なぜここに来たのか理由を聞かれ、
「やれやれって言いました……」
と、震える声で絞り出した。
次の瞬間、平手打ちされた。
頭が真っ白になった。
その後も何か言われた気がするが、ほとんど覚えていない。
怒号は廊下に響き、学年中に聞こえていたと思う。
その日の放課後、学年主任に呼び出された。
誰もいない理科室。
窓の外からは、サッカー部の声が聞こえる。
爽やかな五月晴れだ。
「何か不満があるなら言え」
そんな内容だったと思う。
私は、
「特にありません」
と答えた。
何度聞かれても、それしか答えなかった。
窓から、夕陽が差し込んでいた。
後日、親が学校に「やりすぎだ」と電話したらしく、
教頭と学年主任は謝罪したそうだ。
しばらくして、学年主任は他の学校に異動した。
今でも、たまに思い出す。
「若気の至りだった」とも、
「学年主任が一方的に悪かった」とも思わない。
ただ、一方的に手を出す前に
話を聞いてほしかった。
それだけだ。
娘の出来事に強く反応したのは、
あのときの自分が、まだ言葉にならないまま
心の中に残っていたからだと思う。
娘は「理由がわからない」と言った。
私は「話を聞いてほしかった」と、あとから気づいた。
言葉は違う。
経験も違う。
でも、どちらも
そのまま飲み込まなくていい思いだった。
娘は、違和感を放置せず、
聞かない選択もあると知ったうえで、
それでも「ママと聞いてみる」と決めた。
「分からなかったら、確かめていい」
「一人で抱えなくていい」
その回路だけは、渡せたのかもしれない。

